生物技術者連絡会メーリングリスト通信 2020年10月号

<生物技術者が見た風景 〜 雄国沼の秋>

    

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こんな道をとぼとぼ歩きます

 私がまだ20代のころ、1980年代のことですが季節外れで誰もいない広大な湿原をとぼとぼ歩く、ということにとてもはまっていました。当時住んでいた千葉から、栃木県の井戸湿原や福島県田代山湿原に駒止湿原、長野県は八島湿原など、色々な場所に早春か秋から晩秋にかけて歩き回ってましたが、その中でも一番気に入っていたところはやはり尾瀬です。結局、尾瀬には都合10回以上は訪れて11月初旬の山小屋が閉じるころを狙って、誰もいない湿原の中の木道をゆっくり歩きながら悦に入っていたものです。その後、鳩待峠ルートが整備されるとあまり歩かなくても尾瀬ヶ原に入れるようになり、入山制限もされるようなったのでほぼ人間嫌いの私は尾瀬に行かなくなったのでした。

 雄国沼は磐梯山の西側にある、火口カルデラの中が高層湿原になった場所です。その存在は知っていたのですが、山深いところにあって何時間も山歩きしないとたどり着けないところだと勝手に思っていました。3年前の秋、たまたま会津盆地を車で走っていたところ道路標識に「雄国沼」の文字が。えっ、車で行けるの?と指し示す方に走っていくと急峻な山をジグザグにどんどん登り、やがて稜線に出たら…写真の風景が突然広がったのでした。

 

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会津盆地を下にぐんぐん山を登ります

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登り切ったら景色が変わります

 登り切った峠(金沢峠といいます)からは歩道が沼に続いていて、15分ほども歩けば沼のほとりに。見渡せば…これは、まるっきり尾瀬でかつて浸っていた雰囲気そのものではないですか! 

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景色はまるで尾瀬沼ですね

 後で調べてみると、夏には沼の周りにニッコウキスゲが咲き誇るそうな。これまた尾瀬沼で見た風景と同じ。いやー、何でこの年になるまで知らんかったんだろう。日本って広いなあと、改めて思ったものでした。あっそうそう、来る人が少ないのは理由があります。峠に登る道は2本ありますが、このどちらも尋常でない急傾斜で道幅細く、おまけに崖っぷちのつづらおりが連続。たまたま峠にいた女性ドライバーが無事に戻れるか青くなって躊躇していたほどのものです。行くなら心してお越しください。

 

<今月のデータ 〜 虫と光と生物技術者 その3>

 前回、虫の視覚は人間よりも紫外線よりに波長がずれていると書きましたが、ではどのあたりの波長で虫が一番寄ってくる?…というのが今回の話です。光の波長を数値化した単位はnm(ナノメートル、波長の長さですね)で、虫が最もよく感知するのは350nm前後だといわれています。この波長の光が、人の目では青色に見えるわけですね。捕虫ランプを売る人は、営業資料として1964年にBickfordが出した論文の図をよく使います。その他にも2名、似たような研究をした方の結果を加えて一つの図にしたものが社団法人建設電気技術協会の発行する雑誌「建設電気技術」に掲載されていましたので紹介しましょう。

 

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 どのデータも同じような曲線を示してます。これを見ると虫を光で集めるなんて簡単だ、なんて思っちゃいそうですが…。いやいや、そんなことはないでしょ。これらのデータは室内で実験したものでしょうから、ショウジョウバエとかイエバエみたいな実験動物化されて飼いやすい虫を使ってるんでしょうね、たぶん。だから、限られた種類だけの結果であるはず。実際に灯火採集をされた経験のある方なら、照明の種類によって集まる虫の種類が微妙に違っていると感じていらっしゃるんじゃないでしょうか。7月号でお見せした調査屋さん達からのアンケート結果で、どなたも違う光源を複数使っているというのはそういうことだと思います。

 データで示すことはできませんが、虫の種類を変えて同じような実験を繰り返すとパターンにずれを示すものがいることが分かってきています。特に、波長帯を自由に調整できるLED光源が普及してきてから、実験を組むのが容易になってきたので。どのグループがどの波長帯を好むか、その波長帯を好むのはなぜか、等といったことを明らかにしていくのはこれからの課題ですね。今のところ大まかに分かっているのは、目単位のグループで傾向が違うらしい、350nm前後の波長帯に集まるのは虫全体の7割くらいかな…といったところです。もちろん光に集まる虫の数は波長だけでなく、その時の気温や時刻によっても左右されるわけで、ライトトラップ調査の結果を評価するというのは、なかなか一筋縄ではいかないことなのであります。

 

<いきもの写真館No.113 ニホンカモシカ

 

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 以前、北陸地方では平野に続く「里山」にあたる環境があまりなく、平野の端からいきなり「奥山」になっているような印象だと書いたことがあります。平野から山の方を見ると、山がまるで壁のように立ちはだかっているといった感じでしょうか。奥山なので、気軽に山に入ろうという感覚は地元の方々にはありません。最近、街でのクマの出没が全国的に話題となっているようですが、ここでは山の動物たちが住む場所と街との物理的な距離も短いのです。なので、私が勤める会社の事務所から2kmもないところにクマ檻が仕掛けられていたりします。写真は私が住む家から6kmほど離れた自然公園を歩いていた時に見かけたカモシカです。普通に人と出会うので何の警戒感もなく、のんびりとこちらを向いているという感じです。近年は根雪が少なくなったせいかイノシシの姿も目立つようになってきましたが、感覚的には出会うとクマよりもイノシシの方がおっかないですね。

    

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邑井 良守