研究部会通信2014年1月号

<動物遺物学の部屋>

第26回 透過標本の話

 今回は透過標本の話をしましょう。
プレパラート(ガラス板)に獣毛を置き、封入液を垂らしてカバーガラスを載せたら出来上がり、というお気楽な標本です。
獣毛を同定するときに重要な手法ですが、作り方や仕上がり方によって顕微鏡で見える絵がかなり違ってくるのがスンプ標本とは違うところです。
大学で生物学を習った方なら、組織標本を作って顕微鏡で観察するということを経験されているはずです。
私が紹介している透過標本と生物学の組織標本とでは大きな違いがあって、その最大のものは「固定」したり「染色」しないこと。
普通の生物組織とは違って獣毛はフニャフニャじゃないですから「固定」が必要ないのは、まあ分かりますね。
では、組織に色をつけて顕微鏡で見やすくする「染色」も獣毛では必要ない?
獣毛同定をやり始めたころ(20年近く前です)は獣毛の透過標本でも染色をしていました。
組織学で学ぶ染色にはいろいろな方法がありますが、当時やっていたのは毛の中に含まれる脂肪分に色をつける脂肪染色です。
動物の獣毛は髄質中に空洞部分があり、その中に含まれる脂肪分を染めることによって髄質の模様を際立たせようとしていたものです。
ところがですね、これがあまりうまくいかなかった。
動物から直接採取したような新鮮な獣毛ならきれいに染めあがりますが、糞から検出したとかしばらく野外に落ちていたとかいった獣毛だとほとんど染まらない。
動物の消化管を通過したり、長期間雨風にさらされると毛に含まれる脂肪分はほとんど無くなってしまって、染まらなくなっちゃうんですね。
染色法には脂肪染色以外の方法もありますが、こちらはやり方がかなり面倒。
それに、最近は顕微鏡が優秀なので染めなくても十分同定はできることが分かったので、必要なしということにしました。
透過標本で本当に大事なのは、実は顕微鏡ですっきりと見えるように加える封入液です。
透過性が高くて少し粘り気がある液体ならどれでも封入液になり得ますが、用途によって使う種類を変えなくてはなりません。
同定のためにちょっと観察するだけ、というならグリセリンがいいでしょう。
ケンコーやビクセンが売っている、お子様の夏休み宿題向け顕微鏡観察セットなんかに入っている封入液でも結構です。
しかし、標本としてしばらく保管しておこうという場合は別のものが必要です。
私のところでは、微小昆虫の標本を作る際に用いるガムクロラール液というものを使っています。
しかししかし、この液も保存できるのはせいぜい8〜10年で、古くなると白く濁ってきてダメになります。
博物館とかに展示する永久的な標本にしたいということになると、今のところはカナダバルサム(精製した松やにです)が一番です。
標本をつくるって、結構大変なんですよね。

最後に、今回のお言葉です。
「自然現象の研究をするときに、先入観にとらわれることは禁物である。事実を認めることこそが科学の基本的態度である。」内田恵太郎

<いきもの写真館>
ここでは、私たちの身近にいるいきものたちを写真で紹介しています。
第68回はニホンアカガエルです。

前にも掲載したような気がしますが、こちらの方がたぶん鮮明ですね。
そろそろ産卵場に現れる時期でしょうか。

<研究部会からのお知らせ>
 2014年2月1日(土)のセミナー、時間があればぜひお立ち寄りください。