生物技術者連絡会通信 2022年6月号

生物技術者連絡会通信 2022年6月号

 

<生物技術者のための名所案内〜金沢城公園

 金沢城公園は兼六園と並び金沢市を訪れる観光客の定番名所です。復元された城郭建築や石垣、庭園など、SNS映えするビジュアルなポイントに事欠かない場所ですが、生物技術者の目から見たらどうでしょう。筆者は毎年6月になると3〜4日ごとにこの公園を訪れています。家から歩いて30分という気軽に行けるのも一つの理由ですが、最大の理由はこの時期にモリアオガエルの産卵が見られるからです。人口45万人の都市中心部にある公園でモリアオガエルが見られるというシチュエーションはなかなかないと思いますので、6月に限ってはきれいな景色より生き物に目がいってしまう生物技術者にとっても魅力的な名所になります。ということで、今回も前回に引き続き1時間ほどで回れるおすすめコースをレポート形式でご紹介したいと思います。歩いたルートを書き込んだ図を見ながらお読みください。

 公園は夜間入場禁止ですのでゲートが開いた6月中旬、筆者は朝の8時に金沢城公園の南側、玉泉院丸口(図中の★、写真1)の前にいました。

写真1 玉泉院丸口

 

 この階段を登って公園に入ると玉泉院丸庭園の横を通り、その庭園の見事さに思わずスマホで撮影…という感じで普通の観光客を誘導していくところですが、ひねくれた生物技術者ですのでそっちはパスです。写真に向かって右側に、石垣沿いにちょっと歩いていくと「薪の丸コース」と表示された石垣直登の入口があります(図中の①、写真2)。こちらから入っていきましょう。

写真2 薪の丸コース入口

 

 石垣を登り、森に入ると道は二股に別れます(写真3)。右側の道を行きましょう。

写真3 二股の分かれ道

 

 斜面のジグザグ道をふうふう言いながら登り切ると本丸の森の入口に出ます(図中の②、写真4)。入口の前には重要文化財の三十三間長屋が建っています。

写真4 本丸の森入口

 

 さあ、森の中に入りましょう。一見自然度の高い原生林に見えますが、1586年の築城時には城の本丸として天守閣も建っていた場所です。1602年に天守閣が消失して以降は利用されず、荒れ果てて原生林のようになったそうです。森の中をよく見ればソメイヨシノやタイサンボクなど、栽培種だった木もちらほら見えます。真っ直ぐに少し進むと道端に池が見えてきます(図中の③、写真5)。

写真5 本丸の森内の池(H池)

 

 この池は1960年代、ここが金沢大学構内だった頃にモリアオガエル保護のために造成されたもので、戸田(2013)「金沢城におけるモリアオガエルの個体群動態と保全への提言という論文の中ではH池という名称になっています。6月中旬になると、狭い池なのに周りの樹木の枝にはモリアオガエルの卵塊が花ざかり。大雨が降った翌朝を狙って行ってみると本当に真っ白い花(いや、白い実かな)が咲いてるみたいです(写真6)

写真6 池の真上に花咲く卵塊

 

 H池を過ぎてさらに進むと左に分かれ道があり、その曲がり角にもう一つの造成池のSa池があります(図中の④、写真7)。こちらにも卵塊が見られますが数は少なく数個程度。全く見られない年もあります。

写真7 本丸の森内の池(Sa池)

 

 Sa池の曲がり角を曲がって森の外に出ましょう。坂を下ると正面に大きな復元城郭、五十間長屋と城門が現れますので建物を右に回り込むように歩いていきます。すると大きな芝生広場があって、復元城郭の際に水堀が作られています。これが二の丸内堀です(写真8)

写真8 二の丸内堀

 

 では、堀に沿って歩いていきましょう。最初は新しく作られた石垣と堀ですが、途中から江戸時代からの古い石垣と堀になり、堀端には桜の古木が並ぶ光景となります(図中の⑤、写真9)。

写真9 二の丸内堀の古い石垣区域

 

 ここからが再び卵塊が見られるゾーンです。数的にはこの二の丸内堀で最も多くの卵塊が見られ、石垣から生えた雑草上に産んでいるパターンが一番多いようです。サクラの枝先のやつがSNS的には最も映えますね(写真10)。

写真10 サクラの枝先に卵塊

 

 堀が途切れる場所まで行くと右手に公園管理事務所がありますが、その奥に新丸へ向かう道が出ています。こちらに向かいましょう。道をたどると階段に出て、下れば新丸広場です。広場と二の丸側石垣との間にある池(新丸湿生園)に沿って歩いていきます。すると、池の畔にこんもりした常緑樹の林が見えてきて、この林でも少ないながら卵塊が現れます(図中の⑥、写真11)。

写真11 新丸湿生園の樹林帯

 

 ここが最後の見どころ、以上で城内の卵塊ツアーは終了です。常緑樹の林に背を向けて、新丸広場の広い芝地の左奥方向にある黒門口から城を出ましょう(図中の⑦、写真12)。

写真12 黒門口から園外方向を見る

 

 黒門口はホテルが集中する金沢駅前から武蔵ヶ辻のあたりから最も近い出入口で、近江町市場もすぐ近くです。ゆるい坂を下ってまっすぐ5分も歩けば左側に市場の入口が見えますよ。

 

<今月のデータ 〜 金沢城公園のモリアオガエル繁殖状況2022>

 今年も見てきました。金沢城公園に棲むモリアオガエルの産卵状況です。2020年からの3年間のデータをとりまとめた表をご覧ください。

 


 今年はほぼ空梅雨だったせいか例年よりも卵塊の初確認日が遅く、確認数も少ない傾向でした。特に二の丸内堀のサクラの枝先で例年たくさん見られていた卵塊が今年は非常に少なかったように思います。この調査は2019年から始めてますので、ちょうどコロナの時期と重なっています。金沢では6月初めに百万石まつりという大きな祭りがありまして、金沢城公園の中でも様々なイベントが行われます。ところが、この3年間は祭り自体が自粛中止されていて、今年になってようやく再開になりました。2019年以前のデータがないのでなんとも言えませんが、暗くなるまで大騒ぎのイベントが突然また始まったことが彼らの産卵行動に影響を与えたんじゃないかな、とも邪推しております。それではモリアオガエル君、また来年の6月にお会いしましょう。

 

<いきもの写真館No.137 アカハライモリ

 金沢城公園の構内にある池にはアカハライモリがたくさん棲んでいます。モリアオガエルの繁殖に配慮しているためか魚はいません。イモリもオタマジャクシを食べるんでしょうが、コイのように大食じゃないですからさほど繁殖に影響ないんでしょうね。見た目の印象ですが、イモリの生息密度が一番高そうなのは本丸の森の中にあるSa池でした。写真はSa池の水中に向かって撮ったものです。この池の産卵数が少ないのはイモリが多いからなのかも。なお、今年になって初めて、二の丸内堀と新丸湿生園にカメがいるのを確認しました。たぶん誰かが放したミシシッピーアカミミガメじゃないかと思いますが、イモリよりもこいつらが増えたらカエルの繁殖に影響を与えそうでちょっと心配です。

生物技術者連絡会通信 2022年5月号

生物技術者連絡会通信 2022年5月号

 

<生物技術者のための名所案内〜健民海浜公園

 昨年の春に金沢市内の健民海浜公園で見られる渡り鳥の話題を取り上げました。今年も4月から多種多様な渡り鳥が続々とここにやってきています。健民海浜公園の中でも,、かつて「普正寺の森」と称されていた深い森林域はバードウオッチングのスキルを磨くには持って来いの場所です。今回は1時間ほどで回れるおすすめコースをレポート形式でご紹介したいと思います。歩いたルートを書き込んだ下の図を見ながら以降をお読みください。

 よく晴れた朝の6時、筆者は海浜公園の正門駐車場ではなく森の北側にある小さな駐車場(図中の★)に向かいました。こちらの駐車場からは普正寺の森が間近に見えて、すでにいろいろな種類の鳥の声が森の方から聞こえてきます。では、公園内の舗装道路を歩いて森の核心部に入っていきましょう。森に入ると舗装道路の脇に階段が見えてきます(図中の①)。階段を登った先からが森の遊歩道、本日のコースになります。

 遊歩道に入った途端に道のすぐ間近、藪の中からクロツグミの声が聞こえます。色々な方向から聞こえてくるので、複数個体いるのは間違いありません。周囲は樹高が3〜5mほどの広葉樹林で、林床は歩道脇から森の奥までジャノヒゲ等のカバープランツにびっしり覆われています。少し進むと道は左右に枝分かれしますが、道の土面に小鳥たちが集まって餌を漁っています(図中の②)。近づくと森の中に飛び込んでしまい種類を確認するのに苦労しますが、どうやら数種類はいるよう。双眼鏡で見るとアオジとクロジは確認できましたが、他にも何種かいるようです。分かれ道を左に進みます。

これは割とおなじみのアオジですね。

これはアオジじゃなくてクロジ? 地表で数羽が採餌してました。
 さらに進むと左側の木の間から川が見えるようになり、やがて左からの川沿いの道と合流します。ここからは再び舗装道路です。ここまで周囲の森は暗く密な印象ですが、道を進むと森が明るい疎林に変わってきます。すると、周囲の森からの鳥の声が多くなり、鳥の種類も格段に増えてきました。ちょっと立ち止まって聞いているとクロツグミの他にルリビタキ、エゾムシクイ、アカゲラアカハラキビタキ、…あれっオオルリも。遠くですが何とコマドリも聞こえますね。上空にはジュウイチやサンショウクイが鳴きながら飛んでいたりします(図中の③)。

森からキビタキが飛び出して、すぐそばの枝にとまりました。

あれっ。アトリもいますよ。まだ渡り去ってないんですね。

 周りが疎林に見えるのは道の右手すぐ脇にササゴイ池という池があるためで、池の畔には池に来る鳥の観察舎が設けられています(図中の④)。池の畔では夏鳥コサメビタキと冬鳥のジョウビタキが同時に観察できたりします。

 観察舎の脇から川沿いの道を離れて、再び森の中の遊歩道に入りましょう。坂道を少し高度を上げて登り、尾根道のような明るい森の中をどんどん歩いていくとやがてT字路にぶつかります(図中の⑤)。このあたりから周囲の森は再び暗く密な印象に変わり、道端で出会う鳥の姿や声の量も途端に増えます。聞こえる声はセンダイムシクイやメボソムシクイ、コマドリサンコウチョウトラツグミ、エゾセンニュウなど。道端ではアオジやクロジ、ツグミ、コムクドリやミヤマホオジロ等が採餌している光景を見ることができます。

おっと、こいつはミヤマホオジロだ。

うーん。こいつは何だ?シロハラかな。

 4月末から5月始めにかけて、ここでは冬鳥と夏鳥を同時に見ることができ、バードウォッチング的には非常に満足度の高い時期ですが、森の中を飛び回る個体を識別するのはとっても難しい。バードウォッチャーとしてのスキルを鍛えるには格好の時期でもありますね。

これはコサメビタキ? あー、この辺は全然自信ないなー。
 T字路を右折してさらに進むとこの公園唯一の橋、二天橋を通ります(図中の⑥)。人工造成された公園内なのに深山幽谷にかかる橋としか思えないこの橋周辺ではコマドリの声があちこちで聞こえ、地元のバードウォッチャーにはとても有名なスポットのようで、いついっても長尺レンズのカメラを構えた方々が見られます。

 橋を過ぎたら道は徐々に下っていき、やがて大きな舗装道路にぶつかってルートの終点です(図中の⑦)。舗装道路を右折して駐車場に戻りましょう。なお、舗装道路を右折せずに横切ってさらに真っすぐ進むと「カモメの浜」という砂浜海岸に出ます。ちょっと貧弱な環境なので、ついでに寄ってシギ・チドリや海ガモを狙うのはお勧めしません。

 結局、この日に観察できた鳥は合計48種でした。春の渡り時期にはこのくらい普通に見ることができますということですが、これは普正寺の森の森林域(約30ha)だけで観察できた種類数になります。実際には公園の敷地内に海岸砂浜や河川沿岸、芝生地等もありますから、真面目に全部の環境を網羅したらこの1日で70種くらいはいってたんじゃないでしょうか。

 このブログでは現場の環境を写真で紹介していませんが、会員の方々には今後お届けするニューズレターの掲載記事の中で、ほぼ同じ文章とともに環境写真を添えて紹介する予定です。ニューズレターはモノクロ仕様なので、鳥の写真は映えないんですよね。

 

<いきもの写真館No.136 オオルリ

 4月になると、普正寺の森の森林域にはクロツグミキビタキのような大きな声量で複雑に歌う夏鳥がひしめき合うようにやってきます。テリトリーソングならすぐわかるんですが、繁殖地に行く前の休息地なのでどの個体も歌の練習中。声だけだと声質でなんとか識別できるかなー、という感じです。おまけに森の上空を結構な数のハシボソガラスが飛び回っているせいか、暗い森の中と遊歩道上を低く飛びながら行ったり来たり。識別するのがかなり難しい。ましてや写真を撮るなんてとっても難しい場所なんですよ。写真は道端の枝に止まって囀っているところをやっとのことで撮ったものです。逆光ですがご容赦ください。私はこの時期、500ミリレンズをつけたカメラを持ち歩き、道に飛び出てきたり地上で餌をとる個体を遠くてもとりあえず連写で撮る。種類が分からなくてもとりあえず撮る。そして後から写真を拡大して種類を確認することにしています。双眼鏡を使う余裕なんてとてもないって状況ですね。 

 

生物技術者連絡会通信 2022年4月号

生物技術者連絡会通信 2022年4月号

 

<生物技術者が見た風景 〜 キクザキイチゲ咲く谷>

 4月になるとさすがに北陸でも山の雪は消え、光がいっぱいに当たるようになった地表からは可憐な花たちが次々に咲いてきます。ここは関東とは違い、平野の端からいきなり山岳が立ち上がっているような地形です。なのでそれらの花たちへ気軽に会いに行ける場所というと、実はそんなに多くありません。金沢の市街地から東へ6kmほど、険しい山道を進んだところに直江谷自然公園という場所があります。ここは金沢市が自然林の中に遊歩道を整備している珍しいところで、個人的には大変気に入っています。金沢人には山で森林浴をするという趣味はないようで、いついっても人に会うことはほとんどないのですが。

 4月初めに落葉に深く覆われた山道を、車で恐る恐る通ってその場所に行ってみました。公園とはいえ山岳に作られた遊歩道です。アップダウンの激しさはあまり年寄り向きではありません。フウフウ言いながら尾根道をたどり、鞍部から涸れ沢に向かって少し下ってみます。すると…


 道沿いがキクザキイチゲの花園となっていました。いや、道の真ん中にも咲いてますからまさしく足の踏み場もないほど、ですね。


 この花は湿り気のある腐葉土壌を好むようで、沢状地形の底あたりに集中して群落を形成していました。ここでは4月も中旬を過ぎるとキクザキイチゲの花園はおしまい。続いてはエンレイソウのお花畑へと変わります。

 

<いきもの写真館No.133 キクバオウレン>

 3〜4月は様々な生き物たちが一斉に目を覚ます時期です。最近近場で見かけた生き物たちの特集ということで、このコーナー3題続けてお届けします。


 早春になると野山で真っ先に咲く花、といえば関東ではスミレですよね。しかし、北陸ではスミレよりも早く、雪が残る3月半ば頃から山の斜面に咲き始める花があります。それがこのキクバオウレン。小さな白い花なのでちょっと見では気づかないのですが、よく見たら地表一面にたくさん咲いていたりします。そして目を凝らして花をよく見ると、これがまた結構華やかで何だか得しちゃったような気分になるんですよね。3月も終わりになれば咲き出したスミレと交代して、「また来年ねー」という感じで去っていきます。

 

<いきもの写真館No.134 クロサンショウウオ


 北陸に限らず、日本海側は雪解け水が豊富なためかサンショウウオがとてもたくさん生息しています。それで、里の近くでも見られる身近な種類というと東北ではトウホクサンショウウオになりますが、北陸ではクロサンショウウオです。写真は金沢の市街地から南へ山道を4km弱行ったところにあるもう一つの公園緑地、平栗自然公園で撮ったものです。水中の白い塊のようなものが卵嚢で、真っ白で細いやつが昨晩産んだものですね。それから日が経過するごとにふやけて大きくなり、白色から半透明になります。右端に見えるやつは3日前という感じでしょうか。それと、写真中央やや右に見える落葉の下に注目。よく見たらサンショウウオがこっそり隠れてますよ。産んだあとも数日は水中にとどまっているんだそうで。悪いやつが来ないか見張っているのかしら。

 

<いきもの写真館No.135 ギフチョウ


 平栗自然公園という場所、実はチョウチョ好きの方々には割と有名なところです。ここはギフチョウの多産地としてよく知られているのです。というわけで、写真は今月撮ったもの。しかし現地に行くとあちこちでたくさん飛んでいる個体を見るんですが、動きが素早いうえになかなか止まってくれない。撮るのが難しいですね。1時間粘ってもピントがばっちり合った写真は数枚しか撮れませんでした。ピンぼけですがもう1枚。


 こちらはカタクリの花にとまったやつですが、花の蜜を吸ってる? 平栗自然公園はカタクリの大群落があることでも有名なんですよー。

生物技術者連絡会通信 2022年3月号

生物技術者連絡会通信 2022年3月号

 

<総合衛生管理業の生物技術③ ~ 虫の同定に必要なスキル>

 総合衛生管理業における動物の同定作業は、その目的や必要とされるスキルが自然環境調査での同定作業と大きく違っています。自然環境調査での同定作業はそれが貴重種や重要種なのかを確認することが大きな目的ですから、基本的に種まで同定することが求められます。しかし前者は重要な有害動物を除き、種を同定することまでは求められていません。食品製造等の事業に影響を及ぼす可能性がある動物がいないかを確認する作業なので、行動生態的に似通っているのなら科レベルでグループ分けしただけでも良いのです。総合衛生管理業での主要ユーザーは食品工場ですが、そのような工場は虫が自由に製造場へ出入りできるような構造になっているはずがありません。だから体長が1㎝以上の虫が同定対象になることはなく、それは貴重種や重要種と呼ばれる虫のほとんどが対象にならないことを意味します。そして総合衛生管理業における同定対象の多くが小さな虫であるということは、分類学上での同定分類が進んでいないグループ(ハエ目が代表ですね)が対象となるわけで、実際にも種まで落とすことができない虫ばかりです。

 では、総合衛生管理業において必要な虫の同定スキルとはなんでしょう。それは分類の進んでいない動物群を行動生態的にグループ分けできるスキル。そして動物全体を均等に、深く分類できるスキルです。要するに動物分類学の基礎をほぼ完全にマスターするということですね。私が勤めていた会社では、このために同定技術に関する数段階の社内資格を設けて試験を実施、有資格者には給料に差をつけていました。試験はペーパーよりも、実際の標本を使った実地試験を重視したものでした。次回では実際にどのような試験問題が出たか、その実例を紹介しますね。

 

<いきもの写真館No.132 ザゼンソウ

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 ようやく春が近づいてきました。金沢市内やその周辺にはブナも生える自然林や湿地があり、どこも家から車で30分くらいのところにあります。湿地で春真っ先に生える花といえばミズバショウですが、実はそのまた前に先行して出てくる花があります。それがザゼンソウ。聞くところによると、雪に覆われた地中から発熱する花穂で雪を溶かしながらニョキニョキ
出てくるとのこと。真っ白な地表に咲く茶色の花…うわー見てみたい。とは思うんですが、残念ながらこちらの雪は積もり方が半端ない。そんな時期に見に行くのというのはけっこう難しいんですね。今年も雪は積もりましたが、このところ暖かい日が続いたのでだいぶ溶けたかな…と出かけてみたところ、ありましたよー。雪の中に咲く花とはいきませんでしたが大きなかたまりで咲いてました。ミズバショウも数株、白い花包をちょっと見せながら伸びてきてました。こちらは半月後くらいが見ごろでしょうか。

 

※諸般の理由により短縮版となり、更新も遅延しました。お詫びいたします。

 

生物技術者連絡会通信 2022年2月号

生物技術者連絡会通信 2022年2月号

 

<生物技術者が見た風景 〜 この跡って何?①>

 生物技術者が持つべき技能の一つに糞や足跡、羽毛や獣毛、食痕といった動物が残した痕跡、一般的にアニマルトラックといわれるやつですが、その動物を判定する能力があります。書店に行くとこれを紹介した書籍がたくさんあり、野山に持っていって実際の痕跡と見比べて判定に役立てる、という趣旨のハンドブック形式のものも出版されてます。しかしながら実際に調査に携わっている方々なら当然のことですが、野山で本に載っている通りの痕跡に出会えることはまずありません。アニマルトラックの判定能力を本当に磨きたいなら、色々な痕跡の基本的なパターンはこのような本で学ぶとして、後は現場ではどのように目の前に現れてくるのか、ひたすら現場へ行って経験を積んでいくしかないでしょうね。もしくはそれを磨くことで飯を食っている方、つまりマタギに弟子入りするとか。

 ということで私が過去に見た、絶対に本には載っていないだろうと思われるアニマルトラックの事例を一つ紹介します。写真をご覧ください。

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 なんじゃこりゃ!? チョウチョかな? 誰かが書いた模様か?…と見たときは思ったものですが。実はこれ、アマガエルが歩いた痕です。ホコリの上を歩くとこうなるんですね。アマガエルは水域からかなり離れたところまで活動し、カエルの中でも乾燥に比較的強いので建物の中まで侵入してくることがよくあります。これは倉庫の隅っこで見つけました。

 筆者は学生の頃に先輩から勧められた「ANIMAL TRACKS AND SIGNS」という洋書を今も手元に持っています。何度も読み返したので今やボロボロですが、手に入れてから40年たっているのに、今だに日本で出版されている同類の本をはるかに凌ぐ素晴らしい本だと思います。痕跡の基本的なパターンを頭に入れたいならこの本を推薦しますね。COLINS GUIDEというシリーズ物の一冊で英語の古本ですが、今でもamazonで売ってるみたいです。

 

<総合衛生管理業の生物技術② ~ 虫を同定していくら稼いでいる?>

 総合衛生管理業における生物技術の利用状況や今後の発展方向についてのご紹介第1弾です。まずは私がかつて勤めていた会社のHPを御覧ください。

https://www.ikari.co.jp/business/inspection/contamination/

この中に2020年に受けた異物検査依頼件数のデータが載っています。これによると「虫・生物」が全体の16%、依頼件数全体が3万件ですので年間では約5,000件というところでしょうか。一つの依頼で一つの分析結果報告書を作成しますが、その分析料金は分析した検体の数で積算されます。つまり分析費が1検体あたり2万円だとして、食品に混入していた虫が2つなら2万✕2の合計4万円ということになります。2匹じゃなくて2検体と書いたのは、1匹の虫が翅と脚とでばらばらに混入していたら2検体になるから。この検査業務の年間総売上は2015年で6億以上だったと記憶してますので、つまりは虫を同定して5000〜9000万くらいは売り上げていたと思います。大手の流通会社では店舗での異物混入クレームが発生すると、混入異物の同定分析報告と対策報告をセットで提出することを製造メーカーに義務付けてます。それも数日以内に。できないと納品禁止とかのペナルティ。メーカーも大変ですね。一つの分析会社だけでこの数字ですから、日本全体ではどのくらいの金が落ちているんでしょうか。

では、このような検査ではどれくらいの同定スキルが求められるのか。そのあたりを次号で。

 

<いきもの写真館No.131 カンムリカイツブリ

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 大きな池や河口近くの河川などで見る、動きはカイツブリそっくりだけど一回り大きなやつ。最近数は少ないものの、冬になるとあちこちで見かけるようになりました。昔は珍しくて見つけると大喜びしたものですが、今ではそれほど感激しなくなっちゃいましたね。たいていカモの群から離れたところを1〜2羽で動いてますから見つけやすい鳥でもあります。まんじゅうのような体から伸びる、長い首筋の白さが印象的ですね。

生物技術者連絡会通信 2022年1月号

生物技術者連絡会通信 2022年1月号

 

<今月のデータ 〜 クロヤマアリは巣からどこまで行く?>

 2006年、仕事の合間に取ってみたデータを一つ。サッカーグラウンド周りの草地を歩いていたところ、クロヤマアリの巣を見つけました。そんじょそこらにいるアリでどうってことのない風景だったんですが、ふと思ったんですよね。働きアリが巣穴から出たり入ったりしてるところを見て、こいつらは巣穴からどこまで遠くへ行ってるんだろうって。餌を見つけたら巣までもって来なきゃならないんで、彼らなりに限界距離ってやつがあるんじゃないかしら…と思ったわけです。そこで、巣穴を中心に、遠くに向かって等距離にピットホールトラップをかけて行って、捕まり方を調べてみることにしました。調べた場所の環境はこんな感じです。

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 巣穴から東西方向に1m間隔でトラップを設置、各方向に5個ずつかけて3日後に回収、捕まったクロヤマアリを数えてみたらこんな結果になりました。

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 棒グラフの縦数字はトラップに捕まったアリの数です。地点表記のF1-5とF1-6の間に巣穴があったんですが、結構きれいなデータになりましたね。1回こっきりしかやってませんので評価できるデータとはお世辞にも言えませんが、巣穴から半径1.5~2mの範囲内で数多く捕まってるから、そのくらいがこの場所での彼らの主な活動範囲ってことでしょうかね? ちなみにトラップにはトビイロケアリも捕まっていて、同じくひと山のパターンになってましたが、その幅はクロヤマアリよりも明らかに狭い感じがしました。いろいろなアリを対象にこれをやってみると面白いかもしれませんね。

  

<総合衛生管理業の生物技術① ~ はじめに>

 私が一昨年まで勤めていた会社の業務内容を区分するとしたら「総合衛生管理業」になります。えっ、それなに?と思った方には「消毒屋」という言い方の方が通りがいいでしょうね。でも消毒屋じゃあ、シロアリやねずみ、ゴキブリの駆除をしているイメージが強くなっちゃいます。今のご時世では消毒屋の業務内容は大きく二分されるようになりまして、今までのイメージのはいわゆる「街の消毒屋」です。これに対して私が勤めていた会社を言葉で表現するとすれば「社会の消毒屋」ということになるでしょうか。会社の主な取引先は一般家庭や役所ではなく企業で、その業務内容は有害動物の駆除対策だけじゃなく、微生物汚染対策や食中毒予防対策といった食品衛生、施設設備の清掃や工事といったメンテナンス衛生、食品安全の指導コンサルタントなど、非常に多岐にわたります。この業界の一部の会社は、2000年前後には自然環境調査業務にも手を出していまして、私なぞは一時それにどっぷりつかっていたために、今でも生物技術者連絡会に所属しています。

 そういうわけで私がいた会社のような大手は、今では消毒屋じゃなく「総合衛生管理商社」と称していて、その業務の中には異物混入対策としての動物調査分析業務というものもあります。その内容は、実は自然環境調査でやっていることとあまり変わりません。トラップ調査で動物を捕まえ、それに捕まった動物や食品に混入した虫などを同定し、調査結果をレポートとして提出することでお金をもらっています。自然環境調査とたぶん一番違うのは市場規模です。最近は食品安全が重要視され、何か事件があるとメディアやSNSに大きく取り上げられる…つまり炎上することが多くなってます。カップ焼きそばへのゴキブリ混入やお土産食品の賞味期限表示違反、乳製品への洗浄剤混入など、記憶している方も多いんじゃないでしょうか。これが原因で会社がつぶれてしまった事例も数知れず。食品業界では「食品安保~フードディフェンス」と称して対策に金をかけるのが生存のために必須とされてます。

 私が思いますに、環境アセス調査が華やかし頃に育ってきた自然環境調査の調査技術は、今では自然環境調査市場の縮小により存続継承の危機にあります。少なくとも、自然環境調査技術だけで飯が食える人は今ではほとんどいないでしょう。動物を調べることが好きでこの世界に入ってきた方々も多いと思いますので、技術の保持や継承を考えるなら総合衛生管理業の業界に幾らかでも移って行って欲しいなあ、といつも考えています。なのでこのブログでは今年、総合衛生管理業における生物技術の利用状況や今後の発展方向について、幾つかご紹介していこうと思います。

 

<いきもの写真館No.130 オナガ

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 筆者は高校までは名古屋にいて、大学に入ってから関東地方に住むようになりました。大学のサークルで野鳥に目覚め、バードウォッチングをするようになって最初に印象に残った鳥がオナガです。何しろ結構きれいな色彩をした大きめな鳥なのに、街の中で団体様で飛んでいるところを生まれて初めて見たもんですから。この鳥、関東地方には多いですが関東を中心とした東日本に分布しているのみで西日本では全く見られません。カラス科の鳥なので頭が良いからか、動きを見ていると実に面白い。野鳥にしてはかなり人慣れしてますしね。写真は水浴びしているところを撮ったものですが、水の中で仰向けになりながら水浴びしちゃってます。こんなにいろいろな格好で水を浴びるなんて、あまり他の鳥はしないんじゃないかしら。

 

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邑井良守 yoshimori.murai@gmail.com

生物技術者連絡会通信 2021年12月号

生物技術者連絡会通信 2021年12月号

 

<生物技術者が見た風景 ~ ベトナムで見たカエル>

 2006年から2007年にかけて、ベトナムハノイ近郊で動物調査をしたことがあります。自然環境調査ではなくて、工業団地造成地での有害生物調査でした。日系企業が工場を作る際に、その場所に将来有害動物となる生き物がいないか調査したのです。海外の調査とはいえやることは国内での調査方法と同じ。昆虫対象のライトトラップからピットホールトラップ、小型哺乳類対象のライブトラップなど一通りの調査を実施しました。ピットホールトラップを埋める作業を実施していた時に、「ベトナムでピットホールを埋めてる奴って、ひょっとして俺が最初じゃないか…」とか思いながら作業していたことを思い出しますね。日本から現地に資材を送るときや現地での資材調達、調査スケジュールの調整、もちろん調査で感じた日本との生物環境の違いなど、いろいろな経験をしました。そのあたりは追々お話していくとして、ここでは現地に行った際に面白いと思った生物技術者的なエピソードをひとつご紹介します。

 調査では小型哺乳類(つまりはネズミ類)を対象としてカゴトラップを仕掛けたんですが、いささか意表を突く動物も捕まりました。

 

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 ずいぶんと大きなカエルですが日本でおなじみのウシガエルではないようです。後で調べたところ、トラフガエル(Rana tigerina)みたいです。東南アジアから中国にかけて普通に分布するカエルで食用にもされる、と記載にはありました。日本でも少数ながらウシガエルは食べますからカエルを食べることについてはあまり驚かないのですが、それにしても池じゃなくそこらじゅうの陸上を歩いているほど多い? ベトナムの人は家の周りにいるカエルを捕まえて食べてるのかしら…と思っていたら街の市場で売ってました。

 

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 たらいの中に何匹も入れて売ってます。逃げないのかとじっと見ていたら、彼らは互いに別方向へ逃げようともがきますが片方の後足をまとめて縛られていますので結局同じ場所からびくとも動けないという…いや、実に賢いやり方です。現地の人に聞いたらベトナムでは養殖していてカエル料理専門店もあるとのこと。屋外にも多いみたいなので庶民には手軽に手に入る食材なんでしょうね。

 

<今月のデータ 〜 フクロウはモグラが好き?>

 2001年のことですが、高速道路予定線での環境アセスメント調査の一環としてフクロウの食性調査をしたことがあります。生息場所でペリットを採取し、その内容物から餌動物を調べたのです。4か所の寺社林で採取した合計19個を調べました。検出された餌動物を5グループに分類し、各グループの出現確率を円グラフに示したのが下図です。

 

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ペリットの分析結果

 

 

 ネズミの確率が高いのは予想通りでしたが、同じくらいモグラも高かったのは意外でした。普段は地中で生活しているんですから捕まる確率は少なそうなものですが、どうやって捕まえているんだろうと当時は首をひねったものです。後日、モグラを飼育している動物園の方に聞いたところモグラは結構地上にも出てくるそうで、基本的に出てくるのは夜間とのこと。なるほど、地上ならネズミよりは動きが鈍いだろうし、それならフクロウには捕まえやすいよねと合点がいきました。ブロック塀に囲まれた家庭の庭にモグラが侵入して駆除を依頼されたことが度々ありますが、そんな場所に侵入するには地上に出なくちゃなりませんので、よく考えてみれば当たり前でしたね。ちなみに、調べたペリットの中にはカラスを飲み込んだものもありました。たぶんヒナを捕まえたんでしょうが、これまた意外でした。

 

<いきもの写真館No.129 カワアイサ

 

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 金沢市の真ん中を犀川という川が流れています。橋の上からのぞくと魚がたくさん群れていて、アユやサケも遡上してきます。なので繁華街のそばを流れているのに、シーズンになると川の中に釣り人が見られたりします。水もきれいですね。流れが結構速いせいか冬に見られるカモ類の数はあまり多くありませんが、関東ではあまり見られないカワアイサが毎年やってきます。写真はつがいを写したものですが、どうも毎年同じカップルがやってくるみたいですね。普通のカモと違ってくちばしがカワウみたいな形をしてますので、きっと川の中の魚を専門に捕っているんでしょう。魚影の濃いこの川を気に入っているようです。

  

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yoshimori.murai@gmail.com  邑井良守(ムライ ヨシモリ)