研究部会通信2013年10月号

<動物遺物学の部屋>

第23回 獣毛同定って商売になるの?〜当事者が語る獣毛同定技術の未来〜(1)

                    • こんにちは。匿名希望ということですが、仮に何とお呼びすればいいでしょう?

そうだなあ、「ミスターK」ということにしといてよ。

                    • じゃあミスターKさん、えーと獣毛同定をお得意としていらっしゃるそうですが、どうしてその仕事をするようになったんですか?

うん、もともと野生動物の獣毛を同定する仕事じゃなかったんだよ。うちの会社の主要ユーザーは食品工場なんだけど、そこで作ってる製品にときどき毛みたいなものが混じってクレームになることがあってね。それが何なんだかを調べる仕事が10年前からあったの。それで人や家畜の毛を見分ける方法をずっと研究していたんだな。で、その技術が動物調査にも生かせないかなと思って始めたわけ。

                    • つまり既存の技術を応用したわけですね。簡単に応用できたんですか?

いやいや、家畜なんて十数種類しかいないじゃない。日本の野生哺乳類なんて100種以上いるんだよ。獣毛検査なんて、つまるところ基準となる標本との比較だからその基準標本の獣毛を集めるのが大変でね。そのへんが一番苦労したよ。

                    • すると、今では日本の野生哺乳類全部の獣毛を見分けられるんですか?

いやごめん、正しくは「苦労しているよ」だったな。今のところ見分けられる種は20〜30種程度でね。まだまだだよ。だいたい、すごい珍しい種や法律で保護されてる種の獣毛なんてどう考えても手に入りにくいと思うだろ?

                    • そういえば、天然記念物の動物なんか死体やその一部でも無断で獲っちゃいけないって聞いたことがありますね。

そう、だからそんな動物の毛を手に入れるには仕事以外の目的が必要なんだよね。学術調査とか研究とかね。

                    • それで、獣毛同定ですがどのくらい分かるものなんですか?

分類学でいうところの目、つまりウシとネズミ、ネコとモグラといったものなら完全に区別がつくね。たとえどこかが欠けている毛の一部でも可能だよ。その下、科のレベルになるとちょっと難しいやつがあるな。でも、区別はできるはずだよ。はずだ、というのはまだ全く手をつけていない科のグループがあるからだけどね。

                    • えーと、種の区別はつかないんですか?亜種になるとどうです?

種の区別がつくやつもあるよ。でも、種のレベルになると区別がとても難しいやつが出てくるんだ。亜種どうしではその難しいやつがもっと増える。例えばイヌなんかは品種がとても沢山作り出されたおかげで、獣毛のレベルでも形質の幅がすごく大きくなってる。そうするとその中にはタヌキみたいなやつも出てくるんだよね。イタチも自然分布と人為分布がごっちゃになってるから幅が結構大きいかな。まあ、イヌとかネコは一番厄介だな。

                    • それって、区別がつきやすい種があるということですよね?

一番つきやすいのは分布が狭い地域に限られてるやつじゃないかな。ツシマヤマネコを調べたら形質の幅がとても狭いのに驚いたことがあるね。

おっと・・・へへっ、ちゃんと正式に手に入れたんよ。対馬野生生物保護センターというところと獣毛同定に関する共同研究をやってね。それで環境省に頼んで譲り受けてもらったの。なんと、今までセンターで保護されたり取得した死体の全ての個体の獣毛が20くらい私のコレクションになってるな。この研究の顛末は今度出す獣毛資料Vor.4に書くから、詳しくはそいつを見てね。
(つづく)

最後に、今回のお言葉です。
「我我の自然を愛する所以は、――少くともその所以の一つは自然は我我人間のように妬ねたんだり欺いたりしないからである。」芥川龍之介

<いきもの写真館>
 ここでは、私たちの身近にいるいきものたちを写真で紹介しています。
第65回はヤマトリカブトです。

秋になると、ちょっとした山の中腹でこの花が目立ちます。
鮮やかな青色のうえに花の形も面白い。
だけど、とっても恐ろしい。
この花には猛毒があります。
食べたら死にます。

<研究部会からのお知らせ>
 今月のお知らせは特にありません。