研究部会メーリングリスト通信 2020年2月号

研究部会メーリングリスト通信 2020年2月号

 

<生物技術者が見た風景  〜 タコノキとクマネズミ>

 1990年代の後半から10年ほど、小笠原諸島に通っていたことがあります。世界遺産になる前のことです。仕事と遊びの両方で、かれこれ10回ほども行ったでしょうか。中でも最も印象に残ったのは、移入種のクマネズミが引き起こす固有植物への被害調査です。小笠原の固有植物の中で私が一番好きなのはタコノキで、その実への食害状況を調査したのでした。タコノキは根(気根)がタコの脚のように広がるのでこの名がついた植物です。全体はこんな形です。

 

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根(気根)がタコの脚みたいです

 小笠原の固有植物は固く厚い殻に守られた実をつけます。タコノキは完熟するとこんな実をつけます。

 

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完熟した実はいいにおいがします

 これが完熟すると甘い香りを発するためか、クマネズミにかじられる被害が多発しています。奴らにかじられると実はこうなってしまいます。

 

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クマネズミにかじられた実です

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厚い殻を難なく齧って種が食べられています

 実が固く厚い殻に守られているのは海に流されても長期間耐えられるように進化した結果なのですが、クマネズミはそれをものともせず、自慢の門歯でたちまちのうちに種を食べてしまいます。調査の結果、タコノキがつけた実のほとんどが食害を受けていることが分かり、クマネズミが小笠原の植生に今後大きな影響を与えていくであろうことが懸念されました。その後、環境省が小笠原のネズミ駆除に乗り出し、諸島の中の小さな島でネズミ根絶に成功!などとニュースに出ていましたが詳細な状況は耳に入っていません。あれから事態は好転しているのでしょうか。気になるところです。

 

<生物技術者の事典 〜 谷戸と谷津>

  • 山田秀三著「関東地名物語」より:山あいの低(湿)地で水が豊富にあり、稲作に適した場所。谷戸は主に神奈川、東京、埼玉など、やつ(谷津、谷)は千葉や鎌倉などにそれぞれ分布している。
  • 神奈川県立生命の星・地球博物館のライブラリー通信から:雑木林に覆われたなだらかな丘陵地が浸食されてできた谷間の低湿地のことで、谷戸・谷津という地名はほとんど関東及びその周辺の県にあり、千葉と茨城の両県では谷戸と付く地名がほとんどなく谷津のみである。

 

生物技術者のひとりごと:大学生になってから野山の環境に興味を持った私にとって、大学のある関東地方の谷戸や谷津の風景は「身近に見られる典型的な自然」というイメージでした。標高の低い台地の中を、ヘビがうねるようにくねくねと伸びていく水田が日本のどこにでも見られる里山の風景だと思っていました。しかし、これは大きな間違いで関東ローム層によって形作られた関東平野に特徴的な、いや独特な風景だったのです。きめ細かい火山灰が作った厚い土壌層はさかんに水に侵食され、低いけど広大な台地の中にみみずばれのような谷間を作っちゃったわけですね。海岸部で「谷津」と呼ばれるのは、海岸線がもっと内陸部にまで広がっていた昔、いつもこの風景と海辺がセットになっていたからなんでしょうね。きっと。下の写真は千葉市の「谷津」と茅ヶ崎市の「谷戸」を写したものです。

 

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千葉市内の谷津です

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茅ヶ崎里山公園にある谷戸です

 山の稜線はどこまでも低く、谷底も広いという感じがしますね。現在住んでいる金沢市で似た地形を探してみましたが…

 

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金沢市神谷内町の「谷内」

 どうでしょう。川が山から平野に出たところにできるわずかな扇状地に田畑があるだけで、あとは深い谷が延々と続いていくという感じ。名前もここでは「谷戸」ではなく「谷内」と呼んでいます。そのまんま谷の中ってわけです。こちらでは里山といえるようなのんびり系イメージの場所は山と平野との間にほんのわずかしかなく、里の後背はいきなり奥山って感覚です。我が家の近くでも、クマやカモシカが身近に見られちゃってます。

 

<いきもの写真館No.105 ウラシマソウ

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ウラシマソウ

 サクラが咲き終わってから関東の雑木林を歩くと、枯葉色の林床の中に所々緑色が混じるようになります。真っ先に葉を伸ばしていくそれらの植物の中で、結構目立つのがウラシマソウです。葉がかなり大きく色が濃い緑色をしているからですが、花もまた独特。ミズバショウと同じ仲間(サトイモ科)で花弁はなく、かわりに葉が変形した仏炎苞という筒状の中にちっちゃな花があります。ミズバショウの仏炎苞は真っ白ですが、こちらは先が黒くて縦筋があります。そして、その仏炎苞の中からとても長いヒモのようなものが出ていて、その姿を釣り糸をたれている浦島太郎に見立ててウラシマソウです。常緑樹の高木が密集して冬枯れの時期でもなお暗い林の中に群落を見つけると、なんとなく不気味な印象を受けますね。ところで、よく似た仲間に長いヒモが出ないマムシグサというのがありますが、かたや浦島太郎なのに、かたや蝮(まむし)って名前に差がありすぎ…。

 

<今月のお知らせ>

※先月号でお知らせした3月14日のクマ出没勉強会ですが、新コロナウイルス騒ぎのあおりを受けて今年は中止、来年度以降に開催延期となりました。

 

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〒921-8033 石川県金沢市寺町1丁目19-19

yoshimori.murai@gmail.com

邑井 良守