生物技術者連絡会通信 2021年10月号

生物技術者連絡会通信 2021年10月号

 

<生物技術者が見た風景 クロベンケイガニの逆襲>

  前回まで公園緑地に棲むアカテガニのデータについて紹介してきましたが、同じくそこに棲むクロベンケイガニに関して一つエピソードを。

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クロベンケイガニの成体。大きさはアカテガニとほぼ同じ。


 クロベンケイガニもアカテガニも海岸地帯、特に大きな川の河口部周辺でよく見られるカニです。2種はよく混在して生息していますが、開発による都市化が進みやすい環境の故に生息数は減少、多くの自治体で準絶滅危惧種に指定されています。クロベンケイガニはアカテガニと違って森林域を必要とせず、水域からあまり離れないといわれてます。なので、海岸が都市化されると真っ先に絶滅しそうな気がしますね。ところがどっこい、最近になって都市域でクロベンケイガニが逆に大発生して地方新聞のネタになっている事例が増えているのです。

 私はかつて消毒屋だったので、大発生が起こったところから対策依頼、というか駆除依頼を何件か受けて、実際に現場を調査したことがあります。依頼される時期はだいたい真夏で、行ってみると確かに土面どころか舗装道にもカニがうようよ、排水溝の中がカニで埋まっている…という状況です。

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屋内に仕掛けたゴキブリホイホイに捕まった幼ガニ


 特に上陸したばかりの稚ガニ(幼ガニ)は小さくて身軽なせいか、建物の壁や街灯等の垂直な構造物も平気で登って行って建物内にどんどん入ってきます。

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写真右端の壁の隙間に見える二つの黒点が幼ガニ


 このカニに限らず、多くのカニは雑食性で基本何でも食べますから生ごみも当然大好き。石垣やコンクリートの割れ目といった隠れ場所があれば、都市部でも餌資源は十分なので生息は可能なんですね。実際に現場を見てきた当人としては、見ているのはカニなんですが何だかゴキブリを見ているような気分になってしまいました。フナムシより移動能力は格段にあるし、海岸地域に限れば将来は害虫…じゃない、有害生物としてこのカニは認識されてしまうかもしれません。

  

<今月のデータ 〜 虫を自動的に数えるトラップ>

 私が以前いた会社では、主に食品工場での生物危害対策として建物内にライトトラップを多数設置し、その捕獲状況を定期的に分析、報告する業務を全国数万件ほど契約していました。当然、トラップに捕まった虫を同定し計数する作業は人がやりますので、そのための人材の確保や育成に大変なコストがかかります。そこでここ20年ほど、同定は無理としても計数くらいは自動化できないかと、計数機能を組み込んだトラップ機器の開発が進められました。今では商品化されたものが現場に投入されています。私はその開発現場にいたわけですが、トラップに集まる虫の数を正確に数える仕組みを確立させるのが大変でした。

 まず、トラップに入ってくる虫をカウントするには大きく二通りの方法が考えられました。一つはトラップの入口に設置した金属のバーやプレート等に電流を流し、それに虫が触れたら侵入を感知する方法。もう一つはトラップの中へ虫が侵入する通路に光線をあてて、通過する際に虫が光線を遮断することでカウントしていく方法です。前者は電撃殺虫器の応用になりますので技術的なハードルは低いんですが、正確性に欠けるのが問題です。虫は羽根をはばたいて飛んできますので、羽根が触れるたびにカウントしてしまいますから虫の数よりも必ず多くなってしまうのです。多くても集まる虫の数になんとか比例していれば指数として使えるんですが、大きな虫になると重複カウントが格段に多くなっちゃって結局指数としても使うことも難しい。1台当たりのコストの関係もあって前者は却下となりました。で、後者の方法で試作機を作り、実際に動作させてみた結果が下の図です。

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 実際に捕獲された虫の数と機械のカウント数の相関を見たものですが、この方法なら何とか指数として使えるな、という感じです。この試験以降、改良を進めて正確さも増し、今では従来のトラップと同じ大きさにカウント機能を押し込めたものが登場。カウントしたデータをリアルタイムでPCに送って自動的に解析できるまでになっています。

 現状は数を数えるだけで虫を同定することはできていません。この機械のせいで昆虫調査員はお払い箱ということにはならないのですが、モニターカメラにAI技術を組み合わせて同定までできるようにするべく、開発が鋭意進んでいるようです。ひょっとして10年後くらいには本当にそうなるかもしれませんね。 

 

<いきもの写真館No.127 マツムシソウ

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 もう紅葉始まっているかなあと、少し標高が高い草原に行ってきました。紅葉はちょっと色づいてきた程度でしたが、以外にもマツムシソウが1本だけ咲き残っているのを見つけて、何だかうれしくなっちゃいました。この花の色、気品の高いバイオレットというんでしょうか、何とも美しくて思わずじっと見つめてしまいますね。花びらの形も実に上品。高山に行かなくても、標高1000mくらいの草原で出会えます。高山のタカネマツムシソウよりは背が高くて茎がひょろっとしてます。園芸植物としても売られていますが、名前は学名から名づけられたスカビオサ。うーんマツムシソウの方が断然、情緒が感じられていいんだけどなあ。

  

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yoshimori.murai@gmail.com  邑井良守(ムライ ヨシモリ)