生物技術者連絡会通信 2023年3月号

生物技術者連絡会通信 2023年3月号

 

<生物技術者が見た風景〜この痕跡なーんだ?>

 生物技術者がフィールドを調査する際に必要な技術の一つにアニマルトラック(動物の生息痕跡)を読むというものがあります。これに関する書籍が写真や図入りでたくさん出版されていますので、それを持っていったら現場で見つかる痕跡が何であるか自在に読むことができる…というわけではもちろんありません。フィールド調査に長けたベテラン技術者でも、本でも過去の経験においても一度も見たことがないぞという痕跡に出くわすことはざらにあります。滅多に見ることがないけど「なんじゃこりゃ!?」と叫びたくなるような痕跡の第2弾をどうぞ。

 とある倉庫の床面、トタン板の上に残っていた痕跡です。一つ一つの大きさは約1cm四方ですが、こりゃいったい何でしょう? 超小型のシカの足跡か? いやこれ、そもそも動物の痕跡なの? 桜の花びらが落ちて積もったホコリに跡が残った…? とか想像は尽きないかと思いますが、実はこれドブネズミがトタン板に薄く積もった小麦粉を舐めた痕なんです。ネズミの舌は先がとがっていて、蛇みたいにチョロチョロと2回続けて舐める性質があるので、動きながら舐めているとこんな痕がつきます。本当の野外で見かけることはほとんどありませんが、廃屋の中や農業資材倉庫の隅等で見かける可能性があります。憶えておきましょう。  

 

<生物科学者の事件簿~なんでそこにスズメがいる?>

 環境管理業(いわゆる消毒屋)を長年勤めていた私、人間が生活する空間の中で生き物たちが引き起こす様々な事象に遭遇してきました。その中には強く印象に残った「事件」とでもいえるケースもあります。勤めていた当時では絶対口外無用、トップシークレットのブラック案件なのですが、会社を引退してはや2年たちました。そろそろ話しても良いころかなと思いますので固有名詞は抜き、多少脚色付けするという条件で、これから幾つかの話をボチボチとご紹介していくことにしましょう。

 で、最初の話はスズメです。事件は集荷場に集まった牛乳を瓶詰めして商品化する工場へ運ぶタンクローリーで起こりました。タンクローリーというのはこんなやつですね。

 運んできた牛乳を配管で工場内に移した後、タンクを洗浄していたらタンクの中からスズメの死体が二つ出てきました。移送する配管はもちろんタンク直付けのバルブ付きで、タンク上部には写真のような点検ハッチがあるもののしっかりと閉められていた状態です。

 いったいどこからどうやって入ったのでしょうか? 密室犯罪的なミステリーですが、色々調べてみると次のような知見が得られました。 

※死体を検死した結果、死体が流入したのではなくて生きた個体がとても最近にタンク内に侵入して溺れ死んだ模様。何らかの理由で自らタンク内に飛び込んだ?

※点検ハッチを開ける等の侵入可能な機会があったのは集荷場(九州)と運送会社の駐車プール、それに受け入れ工場の3か所のみ。点検ハッチを開けている時は2名が立ち会うルールになっており、ハッチから侵入したらすぐ探知できるはずなので侵入は困難か。

タンクローリーが長時間駐車した上記3か所のうち受け入れ工場のみ、屋根等の周囲構造物でスズメの営巣痕が確認できた。

 どうも工場での侵入がアヤシイようですが、それにしてもどこを通って侵入できたんでしょうか? タンクローリー上部の点検ハッチ周辺を改めてじーっと観察してみました。

 うん? 写真にあるハッチのすぐ上にある、あの穴はなに? 関係者に聞いたところタンクに牛乳を満たす際にタンク内の空気を抜くための空気抜き穴だとのこと。普段はねじ込み式の蓋で閉めているものの、品質検査の時にも使うのでよく開けますとのことでした。直径を測ってみたら44mmあります。うーん、ここから入れるかなあ…とスズメの生態に詳しい識者に問い合わせてみました。その返事は以下の通りでした。

「スズメのような樹洞営巣性の鳥はそういう穴は大好きです。ねぐらだけでなく、非繁殖期でものぞき込んだりしています。」

 

…ということで調査結果を報告するとともに、空気抜き穴についてはタンク内に牛乳が入っている間は決して開放せず受入時にはタンク内の牛乳を移し終えたことを確認した上で開放する、という対策を勧告したのでした。ちなみに、スズメやツバメといった建築構造物に巣を作る鳥が原因となって、鳥の羽や糞が食品に混入した事例は結構あります。特にヒナが巣立った直後から越冬場所に移動するまでの秋から冬にかけて集中して事例が発生してますので注意しましょう。

 

<いきもの写真館No.146 キクバオウレンとショウジョウバカマ

 金沢周辺の自然林内の林床で春真っ先に咲く花はスミレではありません。キクバオウレンとショウジョウバカマという花です。どちらも湿った林床土壌を好み、スミレに先駆けて3月下旬ごろから咲き始めます。キクバオウレンは大群落をつくってキクに似た小さな花をつけます。この花、消炎、止血、瀉下などに効能がある数少ない日本特産の薬用植物としても知られています。太平洋側にはこれと似た別種のセリバオウレンが咲いてます。

 ショウジョウバカマは色彩のないほぼモノトーンの林床土壌から鮮やかなピンクの花をニョキニョキと突き出すように咲かせますので、早春の時期は遠くからでもとても良く目立ちます。春を告げる花として本当に相応しいですね。これから森の中ではカタクリ、そしてトキワイカリソウへと、湿地ではザゼンソウからミズバショウと季節が進むごとにカレンダーのように群落が交代していきます。森を散歩するのが本当に楽しい季節がやってきました。

 

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生物技術者連絡会 研究部会 邑井良守 yoshimori.murai@gmail.com